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'62 DISC02-08 アカパルコのお転婆娘◎スリー・ファンキーズ 

作詞:漣 健児 作曲:F.Garcia 編曲:岩井直溥

 え~、引越やらなにやらでドタバタしてしまい、非常に久しぶりの更新となってしまったわけですが、それはそれとして……。

さて、とにかくスリー・ファンキーズでありますが、ジャニーズ登場以前の、男性アイドル系グループの元祖ともいえるグループでありまして、水戸黄門の「うっかり八兵衛」でお馴染みの高橋元太郎、のちに「全日本歌謡選手権」などの司会業をこなすようになる長沢純、そして高橋一志の3人組として、1961年に「涙のムーディーリバー」でデビュー。1962年には高橋元太郎氏がソロ歌手として独立したため、メンバーに手塚しげお氏が加わり、さらに高橋一志が抜け、最終的には「長沢純、手塚しげお、早瀬雅男」というメンバー構成になった……。

 実はこのグループ、テレビの歌謡番組で、メイン歌手の後ろで楽しげにコーラスをつけていた高橋氏、長沢氏らに対し、視聴者から「いつも後ろの方でワーワーやってる男たちは誰?」という問い合わせが多数寄せられたことから、「じゃあ、彼らをグループにして売り出そう」という、テレビ局のディレクターの企画により生まれたグループで、本人たちの以降ではなく、つまり最初からアイドル路線狙いの存在だったと。歌えて軽いコントもこなす「楽しいお兄さんたちのグループ」という感じは、まさに今のジャニーズ系の雛形といいかも知れません。ちなみに彼らが結成された翌年の1962年にジャニーズ事務所の第一号グループ「ジャニーズ」が誕生していたりします。

 この「アカパルコのお転婆娘」は第2期? スリー・ファンキーズのころの作品で、うっかり八兵衛・高橋元太郎が独立した後のものです(多分)。ま、楽しいお兄さんたちが歌う作品だけあって、どっちかというとノー天気系ソングです。歌唱力的にもどうかな……ってな感じで、歌があまりお上手じゃない歌手というのが、70年代アイドルから始まったわけでは決してないという、そんな歌謡史の流れが感じられたりして。サウンドどしては、全体はロカビリータッチ、間奏のギターはなんだかベンチャーズ風。これが「ファンキー」なのか? という感じがしないでもないですが、まあ、音楽カテゴリーなんてあってないようなものですから気にしないことにしましょう。1分52秒という曲の長さがまた素敵。あっという間に聞き終えてしまう。The Beatlesの「Please please me」より短い。無駄がないというべきでしょうか。
 ところで気になるのは、タイトルにもなっている「アカパルコ」。アカプルコなら耳馴染んだ響きなんですが(メキシコ合衆国の太平洋岸のゲレーロ州にある リゾート都市 )、「アカパルコ」ですからねえ。歌詞によると「アカパルコの街」とかいってますから、一応は土地の名前ではあるようなんですが……。ま、しかし、訳詞担当があの漣健児先生ですから。「アカプルコ」ではなく、「アカパルコ」であることがいわゆるファンキーなのでしょう。
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'62DISC02-07 白い花のブルース◎平野こうじ 

作詞:佐伯孝夫 作曲・編曲:吉田 正

 平野こうじ氏はロカビリーシーン出身の歌手。やはりこの時代はロカビリー関係の歌手が多いですねえ。ある意味一過性のブームだったとはいえ、こうしていろんな歌手を排出したわけで、しかも一発屋系の歌手も入り交じることろなんぞ、80年代のバンドブームとも似ていなくもないかと……。

 え~、なんでこんな一般論的な書き出しから始めたかというと、平野こうじ氏に関するデータが見つけられなくて(笑)。1961年の第3回レコード大賞で「新人激励賞」を受賞していることから、期待されていた歌手ではあったんでしょうが(ちなみに'62DISC01-07「湖愁」の松島アキラも同年、同賞を受賞している)。平野さん、第1回レコード大賞歌手の水原弘に歌い方が似ているんで、そこらへんも含めての受賞だったのかも知れませんね。しかし、ロカビリーってまがりなりにも「洋楽」でしょ。そのロカビリーシーンから登場した割には、水原弘といい、この方といい、歌い方がすごくドメスティックな感じ。「和」丸出しというか。どの部分で「洋」の影響受けているのか疑問に思ってしまうくらい。

 ところで、この曲は、橋幸夫のブレインでもある「佐伯孝夫・吉田正」コンビによる作品。佐伯孝夫先生は、やはり第3回のレコード大賞で、この曲で「作詞賞」を受賞しておられます。吉田先生の方は、この曲では「ロッカバラード」に服部良一先生解釈の「ブルース」を加えてみたら……みたいな感じで作曲したのではないでしょうか。
 ブルースといえば、音楽を分かった風な気でいた若かりしころは「別れのブルース」ってどこがブルースなんだよ! やっぱ昔の作曲家は何も分かってないぜ……なんて、愚かにも「素」で思っていたわけですが、ブルースというものを、音楽形態としてではなくて「感性」で理解しようとした服部良一って、実はすごいんじゃん、と、今は素直に思えたりします。黒人の方々だって、あたり前ですが最初に音楽理論ありきじゃなかったわけだし、彼らが感じる「哀愁感」みたいなものを音にしたらああなったというだけでね。じゃあ、俺たち日本人の「哀愁感」「ブルース」って何さ? というレベルで服部先生は「雨のブルース」を作ったわけでしょう。それを吉田正先生とかがなぞっていったわけでね。服部先生思うところの「ブルース感」はこの曲にはしっかり刻みこまれているし、そういう意味では「ブルース」を名乗ってしかるべき曲ですね、これは。

'62DISC02-06 若いやつ◎橋幸夫 

作詞:佐伯孝夫 作曲・編曲:吉田 正

 さて、私がこのブログで「すごい」と絶賛しまくっている橋幸夫です。ま、とにかく、橋幸夫はこの年(62年)にはシングル13枚も出しまくった(月1ペース以上ですよ!)わけで、しかし、「出せば売れる」ってわけでもないんで、ヒット曲を生み出すってことはやはり立派立派! しかも、この曲なんて、いわゆる「青春歌謡」の先がけでしょ。舟木一夫や三田明等に続く路線の。
 
 私の曲解説には「多分」がつきまとうんで、あまりあてにはならんのですが、多分、この曲は遠藤実先生が「若者用の歌」として作った、北原健二の「若いふたり」に対する、吉田正の挑戦ではなかったかと。遠藤実先生は「若い歌」のサウンドとして、「若いふたり」で「ムード歌謡」系なサウンドを選択したわけですが、これはやはり「ナイトクラブ」的な大人の音に感じられてしまう。一方、吉田正先生は「若い歌」のサウンドとして「軍歌」を選んだのであります。そう、この「若いやつ」のサウンドのベースとなっているのは明らかに「軍歌」です。考えてみれば軍歌は若者を高揚させる音楽なんですから、うまく転用すれば「青春サウンド」になり得る。それに気づいた吉田正は鋭い! 鋭すぎる! というわけで、メロディからアレンジからあからさまに軍歌的なこの曲ですが、橋幸夫が例の「風」のようなどこかとぼけた感じの歌いっぷりで処理しているもんだから、軍歌がもっている勇ましさが緩和され、「スポーツに打ち込もう」「仲間と頑張ろう」レベルの、応援歌的な聞き心地に仕上がっている。遠藤先生が「若いサウンド」を作り上げようとして成功しきれなかったのに対し、吉田正先生は「青春応援歌」という形の「若いサウンド」を作り上げることに見事成功したわけで、やはりこの時代の吉田正ってすごいと、改めて思ってしまうのであります。いや、しかし、一方の遠藤実先生だって負けてませんぜ。青春=軍歌という、吉田正が発見したサウンドを拝借させていただきながらも、遠藤先生が「若いふたり」の時に自分なりに発見した「若者サウンド」である女性コーラスを導入し、完成したのが、のちに舟木一夫が歌うことになる「高校三年生」だったりするわけで。なんといいますか、昭和歌謡時代の職業作家って、「金儲けてやる~!」という感じよりも「なんか新しいことやってやる!」というクリエイティブスピリット溢れる人が多かったのだなあ…なんて今更ながら思ったりするわけです。
 実はメロディ、アレンジともに「アタック」が効いたこの曲、思わず「わ・か・い~・やつ・な・ら~」という風に勇ましく歌ってしまいたくなる。そこを「んわかっつかあい、やつんなあ~ら~」と、橋節を駆使しまくっていて、それがいいスイング感を生んでいる。やっぱ橋幸夫はすごいっすよ。同じ軍歌調である「高校三年生」を舟木一夫がああいう感じで歌っているのは「橋幸夫」という見本があったればこそでしょう。

'62DISC02-05 川は流れる◎仲宗根美樹 

作詞:横井 弘 作曲・編曲:桜田誠一

 さて、この「川は流れる」ですが、歌声喫茶から生まれたヒット曲……ではあるんですが、他の歌声喫茶発のヒット曲が割と自然発生的であるのに対して、この曲のヒットは戦略的。仲宗根美樹嬢は、歌声喫茶を「キャンペーン」の場として利用したようです。それこそ、いろんな歌声喫茶に出向いていってはそれこそ声が枯れるまで歌いまくって、その努力の甲斐あって、見事にヒットしたと。まだパスポートがなければ沖縄にいけなかった時代に、その沖縄からやってきた仲宗根美樹嬢のヒットだったりもするんで、まあ、ドラマがあるといえばあるんですが、きっと、キャンペーンの場に「歌声喫茶」とか使ってしまってはいかんのよねえ。ピュアな心で人々が楽しんでいる場所にあからさまにビジネスを持ち込んでは。きっとこの曲以降、同じ戦略を持ち込んだ輩がいっぱいいるんだろうと想像がつき、結果、ピュアな場が荒れて、そんなこんなで「歌声喫茶」ブームというのは衰退したんではないかな……なんて、勝手な想像ですが(だったら書くなよ)。

 ま、いい曲ではあると思うんですがね。あんまりピンとこないというか、スーっと流れていってしまう感じ。演歌ほどの土着感があるわけでなし、ポップスの軽やかさがあるわけでなし……。どうも「歌声喫茶」的な曲が私は苦手なようです。楽曲的にはピンとこないながらも、仲宗根美樹の歌声は悪くない。ペギー葉山さんとかと違って、巻き舌なんか使ったりしていて「素行のよくない感じ」がして、それがこうなんというか、「横になってケツかなんか掻きながら」聴いても許されるような、お行儀のよくない私には疲れずに聴けるタイプの歌手でありまして……。

'62DISC02-04 江利子◎橋幸夫 

作詞:佐伯孝夫 作曲・編曲:吉田 正

 いや、とにかく「橋幸夫」という歌手はすごい! 若者ソングがカバーポップスブームの中「若者」として着流しコスプレで「股旅もの」という企画系ソングでデビューしたという事実もすごいが、そんなのは橋幸夫のほんの導入部。デビューした60年にはデビュー曲「潮来笠」を踏襲したような歌をリリースしていたものの、続く61年には11枚ものシングルを出しまくり、新しい路線の開拓を始める。で、61年の一発目のシングルが、このムード演歌系の「江利子」で、さらにこの年には青春歌謡系の「若いやつら」、若者デュエットソング「いつでも夢を」と、テイストの違うジャンルの曲を立て続けにヒットさせ、さらにエレキ歌謡、ビート歌謡と次々と時代の先端を走っていく……。その節操のなさは「小林旭」に通じるものがあるが、アキラは歌手はあくまでも「副業」、どんな冒険だって許されようという立場、しかし、橋幸夫は「本業」でこの振幅なんだから、しかもどのジャンルもしっかりものにしちゃってるんですから、しかも時代の先端を走ってゆく形で。
 実をいうと、じゃあ橋幸夫が好きかと聞かれるとそうでもないんですが、歌謡史的な流れで見たら、その功績は認めざるを得ないと思っておりまして……。なんというか真の意味で「アイドル歌手」とでもいうか、「橋幸夫」なんだから何歌ったっていいだろうという、その振幅の中心には「橋幸夫」という歌手個人の個性があるという。これってアイドル歌手のあり方ですよね、まさに。演歌歌手でもなく、フォーク歌手でもなく、ポップス歌手でもなく、とにかく「橋幸夫」なんですもの。
 御三家なんていわれて舟木一夫、西郷輝彦と一緒にされちゃってまして、で、アイドル度はおそらく他のふたりの方が高かっただろうと……というか、橋幸夫ってルックス的にもアイドルじゃないし……なんだけど、その立ち位置はすごく「アイドル歌手」的なんだよなあ。器用というのかな。

 で、「江利子」なんですが、これは間違いなく「黒い花びら」路線を狙ったものでしょう。そうそう、橋幸夫も確かにすごいんですが、やっぱり彼を支えていたというか、彼を時代の寵児にしたのは作曲家の吉田正の力が大きいわけで。この人のチャレンジ魂と器用な橋幸夫のコラボが青春歌謡という路線を生み、エレキ歌謡という路線を生み……。まあ、それはそれとして、吉田正氏、やはり「中村八大」先生にライバル意識もっていたんでしょうかねえ。「ロッカバラードを俺ならこうするぜ」みたいな気負いをこの曲からは感じるんです。サックスソロから始まるアレンジとか、絶対「黒い花びら」を意識してるよな。で、方や橋幸夫は、水原弘を全く意識することなく、「自分の歌い方」で濃くならず薄くもならずの独自路線を展開しております。この橋幸夫のちょっと間の抜けた感じの歌い方は明らかに舟木一夫とか三田明とかに影響与えてる……と、私は解釈していて、そういう意味でも橋幸夫はすげーんだよ。
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